おやすみベイビーフェイス おやすみ、もうバイバイだよ。ずっと一緒にいたいけど・・・。おやすみ、かわい子ちゃん。 おやすみ、もうバイバイの時間だよ。ずっと一緒にいたいけれど・・・。おやすみ、かわい子ちゃん。 おやすみ、もうバイバイの時間だよ。ずっと一緒にいたいけれど・・・。おやすみ、また会えるよ・・・。 過ぎていったものは、時にとても美しく輝くことがある。 ある夜更け、電話が鳴った。 「私よ。誰だかわかる?」 「誰だろう。やけに幼い声をしてるね」 その電話は僕が学生だったとき、一時的に恋をした女の子からだった。 「驚かすなよ、こんな夜更けに・・・」 そして、しばらくたわいのない世間話などをしたあと、彼女が切り出した。「ねぇ、私、好きな人ができたの」 彼女の話を要約すると、彼女には、今の彼氏に出会う前に好きな人がいた。その人は何年間か外国へ行っていたが、つい先日、日本に帰って来て、再び彼女の前に姿を現した。彼女は二、三度その人に会い、旅行にも誘われた。彼女には、その人が遊び好きの人間で、彼女に対する思いも一過性のものだとわかっている。それでも彼女の胸の中は穏やかではない。 「私どうしたらいいの?」 僕はしばらく考えたあと答えた。 「悪いけれど、僕には何も言えないよ。こいうことって、第三者が口を挟むべきじゃないと思うんだ。ああしろ、とか、こうしろ、とか、僕にはとてもそんな大それたこと言えない」 苦しんでいる彼女を前に、何の力も貸してあげられない自分が歯がゆかったけれど、やっぱり仕方がなかった。 「ただひとつ言えるのは、流れにまかせるしかないっていうことだ。でも、これは僕自身の考え方であって、これが全て正しいわけじゃない。もしかすると、強い意志で、ある一定の方向に向かって突き進んでいくのもひとつの方法なのかも知れない。正直言って、僕もそのへんのことがよくわからないから困っている」 そのあと、話題は僕たちの学生時代に移っていった。 「私、あなたのことが好きだったわ」 「やめてくれよ。俺を困らせないでくれ」 「本当よ」 彼女の気持ちは当時、うすうす感じてはいたが、その恋は結局実らないまま今日まで流されてきた。今となっては、それは過去の出来事で、今さらうしろに向かって歩くつもりはない。今を生きなければ、生きている意味なんて・・・。 「あの歌うたって。ほら、よくあなたが歌っていたあの歌」 「もう忘れたよ、覚えてない」 「お願い、歌って」 僕は少しずつ記憶をたどりながら、歌にしていった。でもやはり、歌えなかった。 「だめだよ。もう忘れてるよ」 「もういちど歌って」 僕は受話器に向かって、もういちどだけ歌ってみた。けれどやっぱり完全には歌えなかった。それはもう過去の歌なのだから。 「ありがとう。なんだかほっとしたわ」 彼女はそう言うと、電話の向こうでベッドに入った。 「そのまま眠ってしまっていいよ」 「あなたは眠らないの?」 「僕はもう少し起きているから、先に寝ろよ」 「ごめんなさい」 時計を見ると、もうニ時三十分を過ぎていた。彼女は受話器を置かずに眠りに入った。すぐに、彼女のすうすうという寝息が聞こえてきた。僕はしばらく読みかけの本を取り出してきて読んでいたが、やがて眠気が襲ってきた。僕も受話器を置かずに灯りを消した。そう言えば、彼女、とってもベビーフェイスだったな。そう思い出すと、彼女の寝顔が目に浮かんできた。おやすみ、ベビーフェイス。