あのとき 今から考えると、あの時僕が振り返らなければ、何も変わらなかったのだろう。 僕は素早くその女たちを確認した。そして一方の女と目が合った。 「やぁ」僕が適当に声をかけると女も軽く微笑んで受け流す。 「休憩?」 「そうよ」 「ちょっと座っても構わないか?」 「いいわよ」 僕たちは彼女たちの両側に座る。僕は最初に視線が合った女の隣に座った。 「どこかへ行ってたのか?」僕はふたりに向かって訊いた。 「海と牧場に行ってきたのよ」僕の隣の女が答えた。とても柔らかい声だ。しかし、言葉のイントネーションが少し違う。 彼女の話によるとふたりはこの街から新幹線で約三時間くらいのところにある港町に住んでいて、旅行でやって来たらしい。 僕の隣に座っている女は、髪は長くウェーブがかかっていて、肌はよく焼けているが化粧はしていない。色褪せたブルーのデニムの上にダンガリーシャツを羽織っていて、その中にはちらりと白のTシャツがのぞいている。一見したところ行動的な感じだが、それと同時に僕は何か得体の知れない懐かしいような印象を受けた。古い知り合いに彼女に似た女でもいたのだろうか?また直感的に僕は、彼女が本を好きに違いないと感じた。しかも本を読むスピードはかなり早いに違いない。 Fがもうひとりの女としゃべっているので、僕は隣の女としゃべることにした。 「学生?」 「OLよ。でも普通のOLじゃなくて派遣会社の社員なの。派遣会社って知ってるでしょ?」 僕はうなづいた。 「だからある一定の契約期間が決められていて、その期間だけその派遣先の会社で働くのよ。ま、フリーターのようなものね」 「人間関係はうまくいってる?」 「今のところはね。今行ってる会社は外資系の会社なんだけど、今年の春から行ってて、一応契約は半年っていうことになってるんだけど、たぶん三年くらいは行くでしょうね」 「さっきのフリーターで思い出したんだけど、実を言うと僕も以前、二年間ほどフリーターをやってたことがあってね、何となく君の立場とか、わかるような気がする。もっとも僕の場合はただのアルバイトだったんだけど。そりゃ、ひどかった。人間扱いなんかされない」僕は煙草に火をつけた。僕たちが話をしている間、何人かの男女が前を通り過ぎた。 このページのコンテンツを表示するにはJavaScriptを有効にする必要があります。 Tweet