何か書くもの 「ねぇ、何か書くもの持ってる?」と夕美が訊いた。「電話番号教えて」 僕はポケットに入っていた何かのイベントのポストカードを取り出した。そしてそれをふたつにちぎってひとつを彼女に渡した。 「君のも頼むよ」それが礼儀だ。 僕たちはお互いの電話番号を教え合った。 「夕陽が美しい夕美か」 僕は彼女を抱き寄せた。そして僕たちはキスをしたが、僕の気分は正気に戻っていた。いつも思うことだが、好きでもない女とこんなシーンを演じるのは妙な気分だ。 「ごめんね、引き止めちゃって」と夕美が言った。「少しでも長く一緒にいてほしかったの」 その言葉が本心なのかどうか僕には見当がつかなかった。 「また会えるよね」と夕美が言った。 「ああ」 「明日電話する」 「わかった」 そのとき僕は、彼女の瞳の中に妙な影がちらつくのに気づくことができなかった。 このページのコンテンツを表示するにはJavaScriptを有効にする必要があります。 Tweet