漫画の出版社 金曜日に僕は礼子の勤めている出版社を訪れた。会社のあるビルの一階でそのパーティーは行なわれていた。もうすでにたくさんの人間が入り乱れていて、僕はその人の中をかき分けながら川島さんの姿を探した。 「ここよ」川島さんが先に僕を見つけて声をかけてくれた。川島さんは僕がとてもお世話になっている女性だ。川島さんには以前からよく短編の仕事を頼まれたりしている。彼女は美的感性に優れた人で、芸術に関しても鋭い視点で批評したりする。また、彼女は僕の個人的な相談相手でもある。 「久しぶり。お元気?」と川島さんが訊いた。とても二十八歳には見えない。彼女の目はいつも輝いている。 「上でお話しようかしら」と川島さんが言って、僕は六階の、編集部がある部屋に通された。 「コーヒーでいい?」 「ええ」 「この間のあなたの短編がね、なかなか好評だったのよ」 「そうですか」 「それでね、今回の新創刊誌でも一本お願いできないかしら?」 「やってみます。でも、どんな話にしようかなぁ」 「ここらで恋愛物なんか挑戦してみたらどう?」 「え」 「あなたの作品って今まで割と辛口の物が多かったじゃない。だから、あなたが恋愛物を描いたらどんなものになるのかなぁって考えてたのよ」 「恋愛物か・・・・・・」 「大丈夫よ。ストーリーとかは私も相談に乗るし」 「でも、恋愛物って、僕はとても苦手な分野なんです」 「もしもこれがうまくいくとね、連載化の話も私の方から出してみようと思ってるのよ」 「エ、本当ですか?」連載はまだやったことがない。僕にとっては願ってもみない話だ。 このページのコンテンツを表示するにはJavaScriptを有効にする必要があります。 Tweet