退職願 しかし、その件があった数日後、僕はやはりこの事務所の空気が肌にあわないことを悟った。そして、それと同時に僕は、会社の中では自分の殻に閉じこもってしまっている自分に気づいた。社内の人間たちと言葉を交わすこともほとんどなくなっていた。こんなはずじゃなかった。僕はもっとうまくやれるはずだった。 子供のころ、僕はどちらかというと内向的な少年だった。周囲の人間たちに溶け込むためにはある程度の時間が必要だった。それが、ある時期を境に僕は何かが生まれ変わったように変化していった。それはまるで世界が百八十度ひっくり返ってしまったような驚きだった。でも、それからも時折何かの拍子にもうひとりの自分、つまり外の世界との交流を避けようとする自分が無意識のうちに姿を表すときがあった。そして、そいつがいったん表に姿を表すと、もう自分自身の力ではどうすることもできなくなってしまうのだ。 「所長」と僕は言った。「会社を辞めたいと思っています」 「そうか」所長は何食わぬ顔で承諾した。退社日は三週間後の八月三日ということで話は落ち着いた。 このページのコンテンツを表示するにはJavaScriptを有効にする必要があります。 Tweet