別れた人 僕たちは船乗り場の近くにあるバーに入った。以前は倉庫だった建物をそのままバーにしたという店なのだが、僕はここが気に入っている。川島さんともよくここへ来る。カウンターでは女性のマスターがシェーカーを振っている。店にはまだそんなに客はいない。僕たちは窓際に座った。 夕美はサイドカーを注文した。少し経ってからマスターがやって来て彼女のサイドカーを注いでくれた。マスターが行ってから彼女が言った。 「あの人、最高よ」 「なぜ?」 「だって一気に注いだのよ。私もこういう店でアルバイトしてたことがあるからわかるんだけど、あれはよっぽど自信がないとできないの。ちょっとでも分量を間違えると、グラスからこぼれちゃうもの」 彼女の注文したサイドカーの周りにはしばらくの間緊張感が漂っていたが、やがてBGMの4ビートが心地良くスウィングしながらそれをどこかへ運んでいった。 二杯めのサイドカーを注文したとき、夕美はある話を始めた。 「私ね、一年前に別れた人がいるの」 「知ってるよ。前に聞いた」 「その人とは六年間つき合ったんだけど、本当に好きだった」そう言って彼女はサイドカーをひと口飲んだ。僕はその話を特に聞きたかったわけではなかったが、彼女がその話をしたがっているのが何となくわかった。 このページのコンテンツを表示するにはJavaScriptを有効にする必要があります。 Tweet