いちばん好きな人 「そのあとまた少し経ってからもとに戻ったんだけど、やっぱりうまくいかなかった。 彼は、私と会ってると、つらくてつらくて仕方がないって言ってた」 僕にはその彼の気持ちがとてもよくわかった。 「君はたいせつな人を失ったな」と僕は言った。僕は複雑な気分だった。 「彼ってとっても真面目な子だったの」と彼女が言った。 「わかるよ」 「街で女の子をナンパしたりできないようなタイプの子だった。でも、かわいい子だったのよ。その気になればいくらでも遊べるような」彼女はグラスに残っていたサイドカーを全部飲み干した。 「でも、結局私が悪いのよね」と彼女は言った。「それでね、彼と別れてから私、いちばん好きな人とは一緒になれないんだなって思った」 僕は煙草に火をつけた。 「話は変わるけれど」と夕美が言った。「もし、私の友達にあなたを紹介したら、たぶん、みんなあなたのことを彼に似ている、って言うと思う。性格的にはかなり違うけどね」 僕がどれくらい彼に似ているのか、僕は訊かないことにした。なんだかそれを訊くのが恐かったのだ。 店を出てから、「ねぇ」と夕美が言った。「今日あなたにこんなことを話したのはなぜだと思う?」 「さぁ」 「私はいろんなことを隠しておくんじゃなくて、言った方がいいと思ったのよ。でも聞きたくなかった?」 「今の話を聞いているのはつらかったよ。でも聞いてよかったと思う」夕美のことを少しでも多く理解するためには聞いておくべきだった。それに、ひとりの男をそれほど愛したという彼女に好感を感じた。 「彼は今何をしている?」と僕が訊いた。 「大学を出て、就職したみたい。でも、もう同じ街には住んでないの。別れるときに彼、『俺はどこか別の街に住んで、そこで働く』って言ってた。それで、本当にそうしちゃった」 このページのコンテンツを表示するにはJavaScriptを有効にする必要があります。 Tweet