花束 Fが淳子に送った花束が送り返されてきた。同封の手紙は彼女の父親からのものだった。どうやら、彼女の父親が送り返してきたらしい。 これは君に返す。娘のためにだ。このような真似は、金輪際やめてくれ。 花はしおれかかっていた。Fの中に、言いようのない怒りが込みあげてきた。 淳子に対して、そして彼女の父親に対して。 Fはこのままではだめだと思った。このままでは淳子と話をすることができない。もしも奴と話をすることができれば、何らかの糸口が掴めるのだが・・・・・・。 Fは会社で、部下の女に頼んで、淳子のところに電話をかけてみることにした。 「いいかい?彼女が出たらすぐに俺に代わってくれ」とFは言った。 部下の女がダイヤルを回すと、電話口には淳子の母親が出た。 「もしもし、淳子さんをお願いします」と部下の女が言った。少しして、淳子が電話に出た。Fは素早く部下の女から受話器を奪った。「もしもし」とFが言った途端、受話器を置く音が聞こえた。そのあと受話器から聞こえるツーツーという音がFの胸に虚しく響いた。 「誰ですか?あの女の人」と部下の女が訊いたが、Fは何も答えなかった。 午後からは、来年の春に発表するコレクションの会議が行なわれた。Fはこの仕事に没頭していた。Fはいくつかの案をデザイナーに提出させ、その中に淳子の好きな花柄模様をあしらったものも含ませるように指示した。花柄模様の案は会議では猛反対に会った。 「なぜ今どき花柄なのかね?」と営業部長がFに訊ねた。 「これからはエコロジーの時代です。環境問題も年々クローズアップされてきています。人々は今、やすらぎを求めています。やさしさがあって、そしてホッとさせてくれるもの。柔らかい花柄のデザインは必ず人々の目を引くはずです」 その後、Fの提出した花柄案に対する意見が次々と出された。しかし、Fは約三時間をかけて、その案を強引に押し通した。結局その案のサンプルが作られることが決定した。 Fは春のコレクションの発表が終わったあと、そのサンプルを持ち帰ろうと思っていた。ばれたらクビになる。それは覚悟の上だ。Fはそのサンプルを淳子に贈るつもりだった。 このページのコンテンツを表示するにはJavaScriptを有効にする必要があります。 Tweet